みなさんこんにちは
普賢唱道(ふげんしょうどう)です。
今年も残すところあと僅かとなりましたが、最後まで気を抜かず精進致しましょう。又9割を半ばと思えという格言のように、まだまだ一年の半分なんだという感覚で頑張りましょう。
それにしても秋風が程よく感じられてとても涼しくなりましたね。これから冬になりこたつの時期になります、また鍋の時期にもなり、こたつで家族団らんお鍋を食す幸せなイメージが沸いてきますが、その反面家の無い人にとっては本当に地獄の季節だと思います。
夏は野宿できますが、冬に野宿は死に繋がります。しかし経済状況の悪化により家も無く食べる物も無い人たちがいるのも事実です。
そんな人たちがもし、こたつでお鍋を食せたらそれは天国にいる程の感動を味わう事ができるでしょう。
しかしそれを当たり前にしている人達もいます。このように人間とは苦境になった時に初めて日々の平穏な暮らしがいかに凄かったのかを実感できるのです。
それはある意味奇跡ではないかと思います。
人間の形成、細胞の一つでも欠けては正常な人間にはなれません、この生命の誕生もほぼ奇跡に近いでしょう。
貴方が明日会社に行く時、貴方が事故に遭わないのも奇跡に近いでしょう。
家族みんなが平穏無事に暮らせるのも奇跡に近いでしょう。
意識していないだけで奇跡は常に貴方の身近で起きています。
小さい奇跡は様々ですが、それを認識していないだけです。
それはもし という水掛け論に陥るからです。
もしこの道を行くと事故に遭う、もしこれをすれば失敗するなど、そう言われてもそうなっていないので信じられるはずがありません、しかしそれを感じれるかどうかで人生も大きく変わってきます。
それは私が道を間違えた時にこう言います。有難いですね。ここで道を間違えたから事故に遭わずに済んだと言うのです。
他人から見たらただの言い訳と思うでしょう、又道を間違えたのだから愚痴も出るし、遅い車に暴言を吐くかもしれます。
しかし道を間違った事により事故を防げたと認識すれば、その後の運転にも心に余裕が生まれるのです。
このように結果はどうであれこの場面一つでも大きく差が開くのです。それが日々精進している人としていない人の違いなのです。
そしてその考え方一つで人生においても大きな奇跡を起こす事ができるようになるのです。
病気を治す奇跡よりも私は病気にならない奇跡の方が遥かに素晴らしいと思います。
そして仏教の教えもこの病気を治す奇跡ではなく、病気にならない奇跡を教えてくれてるのです。
そしてそれは病気だけではなく、先ほどのこたつの話しにも通じます。家が無くなって初めて普通の生活が出来るというその大事さに気づくのではなく、そうなる前に気づき予防しようとする心が生まれるのです。
兵法孫子でこうあります、知名もなく勇効もなし とあります。
意味は、本当の達人とは表には出てこないという事です。
野球で例えると、かっこよくファインプレーをする選手は観客も拍手喝采ですが、本当の名人は玉が落ちてくる所にすでにいるのでファインプレーなども無いのです。
このように、病気を治して民衆から拍手喝采されるのではなく、
民衆が病気にならないように、教えを広める事こそ本当に意味での奇跡なのです。
みなさんも是非信仰心を持って日々精進して、その思えるような精神になりましょう。それが精進です。
運命はあなたの行いによって決まるのです。
合掌